2011年07月04日

【考】 モーニング娘。 その「真のピーク」 〜 そしてファンとの信頼関係

 ちょっと遅くなりましたが、久々にすばらしい記事を読んだので、ここに記しておきたいと思います。

2007年〜2011年のモーニング娘。 後になって評価される前に
2007年〜2011年のモーニング娘。 後になって評価される前に[続き]

 まさに、私が常日頃思っていること、言いたいことそのものを、プロの文章で語ってくれている。しかも、「文化(Culture)」としての評論です。

 ブームや話題性に流される世間からはちゃんと評価されなくなって久しいモーニング娘。・・・しかも”今の”娘。の真髄、真の実力と魅力を見抜き、正当に評価してくれるプロの評論家がいることに、心強さを覚えます。



 ブームや時の勢いに乗った(さながら今の某アキバ系のような)ピークが『LOVEマシーン』のころだとするなら、歌やダンスを含めたパフォーマンスの実力としてのピークは、愛ちゃん体制以降、特に『リゾナント ブルー』以降から今にかけてであることは間違いないでしょう。

 それが、「モーニング娘。なんて、もう過去のもの」という思い込み、先入観によって、正当に評価されていない、いや、評価の対象にもされてこなかったことは極めて遺憾だし、もったいない。

 そして、もし最近になって、「真のアイドル”歌手”」の存在に世間が気づいたとして、それが、その中核を担ってきたリーダーの卒業の年であることは、やはり寂しいし、まさに「遅きに失している」のです。


 筆者は『なんちゃって恋愛』でその魅力と実力に気付き、これまでそんなすばらしいアイドルユニットをチェックしてこなかったことに「喪失感」を覚えたそうですが(^^;、楽曲的な革新ともいうべき秀曲『リゾナント ブルー』の衝撃から、モーニング娘。の”超アイドル的パフォーマンス”の幕は開いたのです。

 超アイドル・・・と書きましたが、『リゾナント・・・』以降から、娘。は少なくとも楽曲的には、いわゆる”アイドル”のレベルを超えた、ダンス&ボーカルグループを目指してきた、と私は見ています。その6,7年前から娘。を見続けている者として、挑発的とも言える大胆な転換には驚嘆しました。


 そして、筆者も特筆しているように、その超アイドル的楽曲を、高難度のダンスと融合させて歌いこなし、ハイレベルな”アート”に昇華させている娘。たちのパフォーマンス能力の高さ!!

 これこそが私を、多くのファンを魅了してやまないところなのです。そして、その魅力は、すでにファンである者の”ひいき目”ではなく、「特にモーニング娘。に詳しくもなく、思い入れがあるわけでもない」芸術全般の評論のプロをして感嘆せしめ、今まで見てこなかったことに喪失感を抱かせるほどのものだということです。

 具体的な名前は挙げていませんが、高橋愛、新垣里沙、田中れいな、(当時の)亀井絵里・・・彼女たちの歌とダンスのレベルの高さは特に秀逸であり、また、メンバー全員に言えることとして、楽曲に対する真摯な姿勢がその魅力を生み出していることは疑いありません。

 すなわち、歌をファンサービスの道具にしている他の某集団などとは次元が異なり、決して歌をないがしろにしない、歌とダンスでこそファンを喜ばせ、幸せにしようという精神・・・文字通り「あくまでも歌手」であることを貫く気持ちが、彼女たち自身をこれほどの高みへと至らしめているのです。


 これはもはや、従来の”アイドル”という観念を打ち破る領域ではないでしょうか!

 かわいい歌をかわいい振り付けで歌い、たとえ下手でも、音程が外れてても、気を抜いたフリでもいいから、とにかくファンを”萌え”させればいい、というのが”アイドル”というものの定番のイメージなら、モーニング娘。(および、ハロプロの擁するユニットたち)はそんな概念をはるかに超越した、新時代の「本格派ダンス&ボーカルユニットアイドル」なのに違いない!

 私たちは、それほどすごいものを目の当たりにしているのです。


 繰り返しになりますが、そんなすごい”新時代アイドル”たちを、勝手な思い込みや先入観から、評価しようともしない・・・それはまさしく時代の喪失であり、評論のタイトルにもあるように、「後になって評価され」、そんなすごいものを見逃してきたのか、と後悔しても遅すぎるのです!

 確かに、アイドルという存在の性質上、話題性やブームに乗ることもある程度は必要かもしれませんが、その陰で、「優秀なものを正当に評価する」ということが失われているのは、あまりに残念なことです。

 それでも・・・、9期が入ったこれからでも、ハイパフォーマンスの象徴であった愛ちゃんが去ってからでも、単なる過去のブランドではない「モーニング娘。」というアーティストが、正当に評価のテーブルに乗せられることを期待はしていたい。



 後編のほうでも、「ファンとの信頼関係で、コンサートや、さらにはグループとしてのモチベーションまで成り立っている」というあたりの論評は感動的ですらあります。

 日ごろの厳しい鍛錬で身に付けたダンスと歌を、コンサートという時空で最高の形でファンに披露する・・・その集中力や落ち着きには、自信を生むだけのレッスンを積むことももちろんですが、見えないところで頑張っている彼女たちの努力を知っていて、理解してくれているという、ファンへの信頼がある・・・その言葉に感じ入りました。

 アイドル(アーティスト)とファンとが一体となって創り上げるライブという独特の時空間の中で、長年磨かれた絶妙な関係性。ファンを愛し、ファンに愛される・・・そんな目に見えない、しかし確かにそこにある”つながり”もまた、モーニング娘。をはじめとするハロプロユニットたちの大いなる魅力なのですね。


 やはり名前は挙げていませんが、パフォーマンスレベルという点では娘。史上最強の新メンバー、鞘師のダンスに驚嘆するくだりも、これからの娘。へと継承されるレベルと魅力を象徴して、胸のすく想いです。

 唯一の不安として、愛ちゃん去りし後の娘。の歌唱レベルの行方があります。具体的には、今までの曲を歌うとき、愛ちゃんが担当していたサビのメインパートを誰が歌うのか、それによって楽曲の表現力が維持できるのか・・・。

 ただそれは、残ったメンバー・・・れいなとガキさんを中心として、9期メン、そしてこれから加入する10期の子の奮起に期待するしかない。彼女たちなら、期待を裏切らないと信じます。


 評論にも記述されているように、愛ちゃん体制が築き上げた”娘。史上最高レベル”の、いわば「真のピーク」と言えるここ数年のパフォーマンスが色あせることは決してありません。それはファンによって、またこうした真髄を見抜く論客によって、後世に伝えられるでしょう。その時に悔しがるアイドルファンや音楽オタクたちを横目で見ながら、せめて優越感に浸ろうか(^。^v

 アイドルは可愛ければいいとか、ファンと触れ合うサービスをまめにやってればいい、という今の風潮に揺らぐことなく、ホンモノの音楽の実力を磨いているモーニング娘。たちは、まさにホンモノの「歌手」です。そのホンモノの実力でファンを魅了する姿こそが、ファンを虜にするのです。

 だから私も、「いずれ正当な評価を受ける日が来る」と信じています。


 でもひとつ憂慮するのは、彼女たちの行方を左右するプロデューサーや事務所が、正当な評価を勝ち得る方策をちゃんと考えているのか、その努力をしているのか、心配になるところです。

 以前にどこかで書きましたが、運命のように我々の前に現れてくれた、このすばらしい宝石たちの輝きを褪せさせないように、埋もれさせないように、彼女たちを取り巻く大人たちには心血を注いでほしい。


 この「花の絵」の評論の最後の一節が特に深く胸に響きます。ブームや話題性が去り、世間一般からは注目されなくなった娘。たち、ハロプロアイドルたちがなぜ進化し続けられるのか。向上への意欲を持ち続けられるのか。

 それは、彼女たちのハイクオリティを求め、期待してやまないファンがいるから。「ファンあってのモーニング娘。」と何度か語っていたリーダーの言葉は、決してリップサービスではなく、そのことを体で感じていた彼女たちの本心であり、感謝の表れであったのでしょう。


 そして、この私もまた、
「黄金期の人気に固執して盲目的に熱狂していたわけではなく、ブームが過ぎたことに同情していたわけでもない。もっと単純に、純粋に、好きなメンバーのすぐれたパフォーマンスが観たい」
というファンの一人であり、
「その実力と個性を買い、メディアの風向きを意に介することなく、売る気があるのかよく分からないタイトルセンスにも臆することなく、応援してきた」
一人であることを誇りに思う。

 そんなファンの期待と欲求に、甘えることなく、モチベーションを落とすこともなく、見事に応え、クオリティを高め続けているモーニング娘。を、ハロプロアイドルたちを、だから私は愛しています。

 これからも、ずっと。

 


posted by 麗夢 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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